「馬でかければ」によせて 椋鳩十
みずかみかずよさん!
貴女の詩に接していると、少年の日に見た、青麦の畑の彼方に、
まんまるく出た五月の若い月が、よみがえってくる。それは、かげ
りのない、さわやかな美しさであった。お使いの帰りに、豆腐カゴ
をさげて、「ああ、いいなあ!」と、子ども心にも、しみじみ感じた
ものであった。
あるいは、また、タンポポの、ふくらみも、まだ、小さい小さ
い畑の土堤で、モチ草を摘んだ日のことが思い出される。風は、冬
の名残をとどめていたが、陽の光りは、すでに春のぬくもりを持
っていた。そういう早春の土堤で、無心に、ただ無心に、透明な喜
びだけを胸いっぱいにして、ひたすらモチ草を摘んだ日のことが
思いだされるのである。
みずかみさんの、てらいも、気どりもない、素直な詩風が、恍惚
として自然の中にひたる詩心が、遠くの霞のように、立ちのぼって
いるウィットが、年老いた私の心に、はるかなる少年の日を、再び
よみがえらしてくれるのでろうか。
みずかみさんの詩には、そっと、心の中に、しのび込んで来て、
人の心を素直にし、浄めるようなものが、ひそんでいるような気が
する。
私は、みずかみさんの詩が、たいへん好きなのである。
みずかみさんの詩には、ずいぶん以前からお目にかかっているが、
ご本人には、まだ、一度も、お目にかかっていない。
三,四年前になるか知ら、みずかみさんの詩に感心して、お便
りをさし上げたことがある。
この詩集が、より多くの方々から、愛されれば、私もまた、嬉しく
思う。
(本書所収どおりの改行にしております。04/2/16)
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