葦書房

葦の葉ブログ



2018/5/4
南北首脳会談
久本福子

 前回、福田セクハラ騒動の教訓を公開した27日、韓国と北朝鮮の首脳会談が開催されました。官僚のセクハラ問題と戦後の世界史に一大転換をもたらすかもしれない南北首脳会談。日本国内での政治的課題の緊急性は、外の世界を完全に遮断し続ける、いわば鎖国状態の中で生じたものですが、いざ南北首脳会談が開催されると、今度は、日本は北朝鮮問題では蚊帳の外に置かれている、孤立しているなどという安倍政権批判があちこちから出ています。

 中でも数日前のNHKラジオで聞いた、武貞秀士拓殖大学特任教授による出遅れ論は超極論でした。武貞氏は、南北関係では日本は完全に出遅れている。緊急に北朝鮮とも連携を取り、文化交流などを進めるべきだ。このままでは、南北交流事業が始まっても、日本はカネだけ取られて事業には参加できない恐れがあるというような趣旨の、訳の分からない話をしていました。北朝鮮と文化交流とは、正気なのかと疑わずにはおれませんが、出遅れ論は、日本が韓国や北朝鮮に朝貢外交をすべしと考えている方々に多い傾向にありますので、この類いの論は無視する方が国益にかないますので無視することにいたしましょう。

 北朝鮮問題は、次に迫っている米朝首脳会談が主戦場になるわけですが、トランプ大統領の基本姿勢は、安倍総理とトランプ大統領で書いたとおり、南北首脳会談後もこの姿勢にはほとんど変化はありません。むしろ強化されてさえいます。南北首脳会談後、北朝鮮の瀬取り監視のために、オーストラリアとカナダの哨戒機が沖縄の嘉手納基地に派遣されるという異例の動きがありました。東シナ海で自衛隊と共同訓練をしている英国軍もこの監視に加わるという。アメリカの要請なしに、加、豪、英の3カ国が沖縄に哨戒機を派遣するはずはないので、トランプ大統領からの要請によるものだと思われます。

多国籍軍による瀬取り監視ともなれば、北に対する制裁はさらに強化されるのはもとより、もしも米朝首脳会談が決裂すれば、これら多国籍軍は、競取り監視だけにはとどまらない、新たな行動に移る可能性もゼロではないとも思われます。少なくとも北朝鮮に対しては、そのシグナルを発する動きであるはずです。

 偶然なのかどうか、加と豪は、鉄鋼やアルミニウムなどへの高関税課税の猶予期間がさらに延長されることも発表されています。一方、トランプ大統領は、中国に対してはさらなる締め上げ策を発表しています。知的財産権を守るとの名目で、アメリカ企業が製造する半導体などのスマホなどの部品を中国に輸出することを禁止することを、南北首脳会談の直後に発表しています。スマホのコアな技術はアメリカ企業が握っていますので、それを禁輸されると、どこのメーカであれ、スマホは作れないはずです。

しかしこの禁輸策は、アメリカ企業のAppleにとっては、それほどのプラス効果はないはずです。スマホの市場はAppleiOS)か非Apple Android)かで二分されており、目下、世界中で急速にシェアを伸ばしている中国系スマホが仮に販売不能に陥ることになったとしても、その分Appleがシェアを伸ばすことにはならず、中国系スマホに猛追されている韓国のサムスンを救済することになるだけです。つまり中国への禁輸は、韓国貢献策であるだけではなく、アメリカ企業に中国という巨大市場を放棄させるだけの、アメリカの国益を損なうものだということです。

中国はトランプ大統領の鉄鋼、アルミニウムなどへの高関税策による脅しを受けて、金融市場に対する規制の大幅緩和を発表しただけではなく、中国に進出する外国企業に中国企業との合併を義務づけるという規制も撤廃することを決めるという、市場の自由化策を矢継ぎ早に発表しました。これはアメリカ企業のみならず日本やEUなど、中国に進出している外国企業にとって朗報であるばかりか、中国経済にとっても経済の活性化に資するものとなるはずであり、トランプ大統領の功績大というべきだと思います。しかしトランプ大統領は、さらに中国スマホメーカを窮地に追いやろうという経済攻撃を強化しています。

 南北首脳会談後、トランプ大統領はTwitterでは、金委員長にエールを送るようなメッセージを発していますが、その陰で北に対する制裁を強化しさえしていました。27日の世界中に披露された融和ムード満載の南北首脳会談直後に、北への制裁強化を即実行するというのは、トランプ大統領以前にはありえなかったし、以降にもありえないだろうと思います。トランプ大統領は、中国と連携してとか、6カ国協議の場を使ってなどという従来の手法を完全に無視して、ほぼ単独で対北朝鮮政策を実行し、経済問題などを使い、半ば強引に関係各国にその同意、協力を迫るという、これまでは誰も考えもしなかったような独自の手法でここまで突っ走してきました。

しかし行き過ぎは、アメリカにとっても世界にとっても、マイナス効果となるのではないかと危惧されます。中国への攻撃をさらに激化させ、もし仮に、中国経済を破綻させるような事態にまで中国を追い込むならば、世界はもとより、アメリカ経済にも大打撃になることにも配慮しつつ、トランプ大統領は、米朝首脳会談に臨んでいただきたい。

 最後に、政治的鎖国状態にあった日本を覚醒させるような「対談録」をご紹介します。たまたま届いたばかりの「フォーNET5月号を開いたところ、414日に福岡で開催されたという、呉善花(オ・ソンファ)拓殖大学教授と加藤達也前産経新聞ソウル支局長との対談が掲載されていました。題して「反日の南北連合国家が出現!? どうする日本」。南北首脳会談前に行われた対談ですが、会談後には、ますますこの指摘の現実味が高まっているとの印象を強くしています。韓国では、会談前から金委員長に対するアイドル的人気が急上昇しているという。会談後はさらに金委員長人気は高まっているはずです。

 確かに南北首脳会談は、史上初の大政治ドラマらしい映像的効果は十二分に発揮されたようですが、会談の実質的成果は、映像ほどの画期的な内容ではなかったように思われます。南北融和に関しては、金正恩委員長が異様なほど積極的であったこともあり、かつて例のないほど進みそうな気配ですが、その行方も、米朝首脳会談の結果如何によっては、シナリオの書き換えも余儀なくされそうです。その最大のネックは、北朝鮮の非核化ではなく、朝鮮半島の非核化という、北朝鮮の年来の主張が板門店宣言の最大の骨子になっているからです。この宣言に基づき、さらに南北融和が進むならば、呉、加藤両氏が指摘するように、南北が北の核を共有するという事態さえ想定できそうです。もちろん、アメリカが黙認すればの話ですが。

 南北首脳会談では、金委員長は非核化アクションとして、核実験場の閉鎖を約束しましたが、この実験場はすでに崩れて使い物にならないだけではなく、崩落に伴い核物質が拡散する恐れがあると、中国の専門機関が指摘していたことが日経新聞に出ていました。(会員向け記事なのでリンクは貼りません。)ところが、先頃、この広報記事は削除されたという。日経が続報として報道していました。おそらく金委員長の意向を忖度しての削除だった思われます。華々しく報道された核実験場の閉鎖は、非核化とは全く無縁の提案であったということです。つまり、南北融和策はさっそく実行に移され始めていますが、日本やアメリカ、世界の最大の懸念事項である北の非核化については、金委員長はいささかも譲歩していないということです。韓国はこの北の提案を受け入れたわけですが、日米、そして世界は受け入れるわけにはいきません。さらに日本にとっては、拉致問題も重要課題として控えています。これらの難問を背にして、トランプ大統領は、非常に手強い相手との会談に臨むことになりそうです。

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